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著者紹介
鍋倉賢治
1963年生まれ。1991年 筑波大学大学院博士課程体育科学研究科修了・教育学博士。
現在、筑波大学大学院人間総合科学研究科(体育センター)・准教授 ランニング学会常務理事を務める。専門は健康体力学、マラソン学。
モットーは「楽しく追い込む」。マラソンベスト記録は2時間29分09秒。
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東京マラソン完走記きつかった~。18回のキャリアの中で最も苦しいレースでした。
直前にひいた風邪、冷たい雨、5度以下の気温、これらの条件が重なったのは初めての経験で、「第1回東京マラソン」でなければ迷わず棄権していたでしょう。

終了後に直接聞いたトップランナーの感想や成績から考えて、コンディションが最悪だったのは一目瞭然です。そんな中、逆に多くの市民ランナーから強いメッセージを受け取りました。
事前からの感情の起伏を含め、僕自身の感想を率直に記してみたいと思います。
ホノルル後、年が明け、久しぶりに本気のマラソンモードになり、1月は予想以上のトレーニングを消化でき、期待(と欲)が膨らむばかりでした。一方、元来心配性で、様々な状況を想定しながら準備したい性分の僕は、送られてきた参加案内書を確認し、次々に疑問が湧いてきました。
セレモニーのためにスタート前にレースウエアで30分以上待たされるのか?
手荷物に貴重品を入れられない、ということは帰りの電車賃を持って走れということか?
同時にチェックした公式ホームページでは、
スタート前に防寒ポンチョを配布予定と記されている(案内書にも書いてよ、皆それが心配なんだから!)、コース上のトイレは交渉中(ってレース間近だよ!)、トイレ500台(って単純割で60名に1台?)、さらに直前に掲載されたドクターからのアドバイスに至っては過度のトレーニングに注意(ってもう3日前だよ!)、気温21度を超えると熱中症の危険(2月だし、天気予報見てよ!雨だよ!)、ラストスパートは注意、乳酸がたまるのでクーリングダウンが必要(マラソンを知っている?)などなど・・・。 不安は不満となり、やがて怒りへと高まり自らストレスを抱えていったのでした。
心が静まるにつれ、なぜ、僕一人こんなに怒っているのだろう?なぜ、冷たい雨の中、皆平気なのだろう、なぜ・・・。そして、気づかされたのです。
たとえ大雨の中、何十分待たされようと、トイレで何分待とうと、ロスしようと、多くのランナーが、この「東京」で走る市民マラソン大会を、ずっとずっと楽しみに待っていたのだということを。
僕一人、何をカリカリしていたんだろう、いっぱしの識者のつもりで、市民ランナーの原点である「走れる喜び」を見失っていたのだということを・・・。
雨とともに、僕のこわばった感情と表情は、恥ずかしながら、ここにきてやっと流されたのでした。スタート前に雨に打たれた40分。僕には必要な儀式だったのでしょう。
とは言うものの、身体的には、この40分はかなりシビアなものでした。レース中にまったく温まることのない身体は、30km過ぎに痙攣信号を発しました。普段では考えられない、大腿の前面と下腿からです。
悲鳴を上げている脚をだましだまし、随所にいてくれたクラブ仲間の応援を原動力に、そして冷たい雨の中、途切れることなく続いている観衆に驚きと勇気をもらい、必死に走り続けました。
これが大都市マラソンなのでしょうか。ゴールを目前にして、スタッフ、応援者、自分、そしてマラソンに「走りきった!ありがとう!」という素直な境地に至りました。
ネットタイムで2時間55分20秒。目標には届きませんでしたが、この環境で最低限の仕事はできたかな、と自己満足するようにしています。以下5km毎のラップとコメントです。
| 0-5km | 22分15秒 | 2kmまでは渋滞でまともに走れず、心拍数も不安定、感覚を頼りに走る |
| -15km | 19分53秒~ 19分47秒 | やっとペース安定するも、周りに4分ペースはおらず一人旅 |
| -25km | 20分03秒~ 20分21秒 | 向かい風なので意識して少し落とす。ずっとアソシエーション |
| -30km | 20分28秒 | レース中、唯一目に入った名所が浅草・雷門。相変わらず一人旅 |
| -40km | 21分18秒~ 21分28秒 | 痙攣で33kmからペースダウン、佃大橋で転機があり、やや復活 |
| -ゴール | 9分47秒 | 37-40kmを4分10秒程度まで持ち直したつけで最後は動かなくなる |
大会の成否や問題点などは、翌日のメディアでも論評されていました。われわれランナー(特に走ったランナー)の責務は、是非を断じることよりも、誕生したばかりのこのマラソンを魅力ある大会に育て上げることだと思います。
メディアであまり取り上げられなかった僕なりの視点をあげ、完走記を終わりたいと思います。
1.本当に走りたかった人が走れたのか?
今後も人数制限をして抽選をするのであれば、抽選に外れた人は原則、ボランティア登録され、ボランティアをした人は翌年抽選で優遇されるなどの方策を講じるのもよいかもしれません。そうすれば、数年単位で(順繰りに)皆が楽しめるマラソンの祭典になります。
2.超新星の誕生?
この悪条件の中、初マラソンで2時間31分台で優勝(女子)した新谷選手。例えて言えば、Qちゃんのアジア大会における21分台に匹敵する衝撃を覚えます。ただし、まだ18歳。焦らず騒がず、じっくりゆっくり成長して欲しいと願います。
それが叶えば、数年後にとてつもない世界的ランナーになっている可能性は大です。そんなランナーの端緒が、この東京マラソンであったと考えたら、一緒に走ったランナー、応援した人、皆のエピソードにもなります。彼女の成長を見守りたいと思います。
3.マラソン文化発展の可能性
日本では、日本代表戦やオリンピックには熱中しても、個人が娯楽でやるスポーツに対しては、必ずしも理解する文化が成熟していません。今回のように、我々ランナーが東京の街を一時的に封鎖することにより、不便を被る方々からの理解を得るには、長い月日が必要でしょう。
ゴール後、仲間の応援に駆けつけ目にしたのは、すべてのランナーにかわらぬ声援を送り続ける多くの人たちでした。また、早々に無くなったオフィシャル食に対し、自分で用意した飴などを分け隔てなく、配っていた応援者も多かったようです。
このような観衆のホスピタリティーを含め、日本の市民マラソンが、ランナーのためだけではないスポーツ文化になりうる可能性を、随所に感じることができました。そして、その成熟に欠かせないのが、われわれランナーの日頃の活動・発信だと思います。
一人ひとりが、マラソン文化の担い手なのです。大いに語り、どんどん発信してゆきましょう。
(文:鍋倉賢治 イラスト:後藤徳一郎)
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